「年金どうせもらえない」で、将来だれが困るのか

老後の話となると、急に老け込んだ印象を与えるかもしれない。特に年金の話は「え? もうそんな年齢?」と、どこか他人事のように捉えがち。でも、自分の親が実際に年金を受け取るようになると、一気に現実味を帯びて見方が変わってくる。

私の両親は80代を過ぎ、年金を受給し始めてからもう20年ほどになる。昭和の高度経済成長期を駆け抜けた世代で、サラリーマンだった父の給与からは、有無を言わさず年金が天引きされていた。

定年、そして年金受給になってもある程度の蓄えがあったため、両親二人でよく旅行に出かけていたが、高齢になるにつれてそれもなくなった。とは言え、現在でも日常生活を送るには十分な額の年金を受け取っている。

もし両親に十分な年金も蓄えもなかったら、私たち子どもが仕送りなどの支援をする必要があったはず。私は姉二人がいる三人姉弟で、それぞれに家庭がある。親への支援は簡単な負担ではないが、三等分すればまだ負担は小さくなる。あるいは、誰かが同居するという選択肢もあったかもしれない。 今、そうした心配をせずに済んでいるのは、両親が若い頃にしっかりと年金を納めてくれていたこと、そして年金制度そのもののおかげでもある。

もちろん、両親が過去に積み立てたお金をいま受け取っているわけではなく、現在の現役世代が保険料を支えているという仕組みは十分に理解している。 それを踏まえたとしても、やはりこの制度はありがたい。自分が将来いくらもらえるかは置いておいて、年金に対する私の見方は大きく変わった。

私の両親世代は「年金を比較的多く受け取れている世代」と言われており、今後は受給額が徐々に下がり、年金だけで生活するのは難しくなると予測されている。そうなると自助努力として蓄えも必要になるが、もし準備ができなければ、将来は我が子に頼らざるを得なくなる。 高齢になっても働く選択肢もあるが、ちょっとした段差でつまづいたり、思うように動けなくなる段階もあるので、年齢によってはさすがに無理な状態もやってくる。

だからこそ、「どうせ年金なんて大してもらえないから」と未納のまま過ごしていると、子どもがいる場合、それは将来、子どもたちに金銭的な負担をかける可能性を意味する。自分一人の問題では済まなくなる。

話は大きくなるけれど、「税金や国の借金が増えることで、将来世代にツケを回す」という議論をよく耳にする。でも、もっと身近なところで、自分の子どもに直接ツケを回してしまうリスクがあることには、なかなか気が付かない。

正直なところ、私も以前はこんな風に考えたことは全くなかった。やはり、自分の親が高齢になり、扶養や介護のリスクが目の前に迫ってきたからこそ実感する。また、自分自身と我が子への、将来の責任も感じる。

いずれやってくる問題だと頭ではわかっていても、時間の余裕があるうちは、どうしても現実味が湧かない。人は当事者になって初めて、本当のリアリティを感じる。いまは「関係ない」と思っていても、10年後、20年後にはまったく違う見え方になる。人の考えは環境や年齢とともに変わっていくと、しみじみ感じる。

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投稿者 yamaji

大阪在住のデザイナー、大阪芸術大学非常勤講師。Web、グラフィック、動画、文章書き、ネットショップ運営。Photoshop、Illustrator書籍、雑誌記事執筆、Web&デザインセミナー開催多数。

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