教科書的なAI、経験を語る先人、そして自分の判断

一年ほど前から、とある新しいことを始めた。プライベートなことなので、ここで具体的なことは避ける(病気や健康関連ではない)が、ほぼ知識ゼロからのスタートだった。その知識のほとんどはYouTubeからで、同じ道の先を行く人達の成功と失敗、それら知恵を受けながら。

昔なら書店で参考書を探して勉強したものだけど、今はブログやSNS、YouTubeから情報が得られる。今回その分野の知識を得るための、直接の費用は全くかかっていない。本当に便利な時代になった。

YouTubeと合わせ、AIにも相談しながら進めた。そこで気がついたことがある。

AIに質問をすると、ナルホドと納得する内容を返してくれる。YouTubeで得た情報と共通することもあった。ただ、そのアドバイスを実践しても思った通りに進まないことがあり、自分の判断で違う方法を試してみると、そちらがうまくいくことがあったのだ。

そこで気がついたのが、AIが返してくれる回答は多くの場合「教科書的」だということ。ほとんどは正解というか、間違いではなく納得できる。その通りやれば、概ねうまくいくのだろう。

ただ、実際には個別に状況が違うため、必ずしも当てはまらないケースもある。当然といえば当然だが、AIは情報を集めてそれをもとに判断しているので、AI自身が実体験をしているわけではない。もしかすると、個別のイレギュラーな小さな出来事は、データとして拾いきれていないのかもしれない。

「AIはあくまで人のサポートをするものであり、最終的な判断や行動は本人が決めなければならない」とはよく言われるが、まさにそれを実感した。

他方、YouTubeの情報も私の状況には当てはまらないことがあった。人は自分の経験をもとに人に伝え、アドバイスをする。一人の人生で複数の選択肢を歩むことはできないので、自分の選択が正しいと思うし、正当化したい心理もある。こちらは逆に自分の経験のみで語りすぎることがあり、人の実際の経験をもとにしたYouTube(あるいは書籍)であっても、やはり個別の案件に完全な形で当てはまるわけではないのだ。

つまり何が言いたいかというと、それらの経験や知識、情報をベースにしながらも、最後はやはり「自分で考え、判断しなくてはならない」ということ。逆に言えば、情報を「盲信」すると、機会を逃したり失敗したりすることもある。

誰でも成功に最短距離で辿り着きたいし、失敗せずできるだけ余計な労力は避けたい。だからこそAIや、先人の意見を参考にする気持ちはわかる。しかし、試していない他の方法が、実は自分にとって最適である可能性もある。それらを「盲信」して試さないこと、「思考停止」に陥ってしまうことが、自分の可能性を狭めることになるなら、とてももったいない。

何かを初めた時に、初級から中級に向かう過程がある。初めはわからない事だらけなので、何かを参考にするのは良い。ただ、中級になってくると自分が進みたい方向が具体化してくる。そうすると、AIやYouTubeでは当てはまらないことも出てくる。自分で判断して失敗するのも、大切な経験である。

と言うことで、私の話も闇雲に信じてはいけない。

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投稿者 yamaji

大阪在住のデザイナー、大阪芸術大学非常勤講師。Web、グラフィック、動画、文章書き、ネットショップ運営。Photoshop、Illustrator書籍、雑誌記事執筆、Web&デザインセミナー開催多数。

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